#004 アナリストの役割① ―ソフトウェアと戦術・戦略について―

バレーボールにおけるアナリストとは

 バレーボールにおけるアナリストとはパソコンないしそれに準ずるものを用いて、試合などのデータを収集し、分析してチームの戦略立案や戦術の決定を補助したり、指揮するものです。チームによってアナリストの裁量は異なりますが、情報の収集についてはどのカテゴリーのどんな役割のアナリストにも必須の能力といえます。現代のバレーボールにおいて情報収集は専用のソフトを用いて行います。長らくイタリアが開発した「Data Volley(データバレー:以下DV)」シリーズがシェアを独占していましたが、近年になってポーランドのエンジニアや代表チームのアナリスト陣が共同で開発した「VolleyStation(バレーステーション:以下VS)」が広まりつつあります。アメリカではほとんどのDivision 1(大学1部)のチームがVSを導入していました。

データバレーかバレーステーションか

 データバレーシリーズの最新ソフトは「データバレー4:以下DV4」です。DV4もVSも基本的にできることは同じです。データの入力、統計シートやスパイクコースなどのディレクションチャートの表示、映像との同期、映像分析などです。この2つのソフトの大きな違いの一つは拡張性です。DV4はそれまでのデータバレー2007の性能をほぼ引き継ぐ形で、それまではデータバレー2007という入力と分析を行うソフトと「データビデオ2007」という映像分析を行うソフトに分かれていたのを統合し、一つのソフトですべての分析が行えるようになりました。VSも同様に一つのソフトですべての分析を行うことができます。DV4を含むDVシリーズはソフトウェアの起動に専用のUSB型プロテクションキーが必要なのに対し、VSはMicrosoftのofficeシリーズのように初めにアカウントを登録すればプロテクションキーを必要としない点で異なります。またDV4はそれまで培ってきた技術の集大成であり、ある意味で完成形ですが、VSはリリースからこれまで何度もバージョンアップをしておりその拡張性こそが最大の魅力でもあります。さらにVSは日本のVリーグ所属のアナリストがサポートスタッフとして携わっていることからサポート面でも充実しています。

価格はどちらも同じ、ならどちらを選べばいい?

 DV4もVSも年間ライセンス料が10万円~10数万円程度とそれほど大きく変わりません。DV4には廉価版のライトバージョンが存在し、そちらは5万円ほどとなっています。それまでのDVシリーズが買い切りタイプだったのに対して、近年ではサブスクリプション形式の購入が標準となっています。ちなみにデータバレー2007&データビデオ2007のプロフェッショナルバージョンは50万円ほどでした。いずれにしても個人で手を出すには難しい代物といっていいでしょう。私は東レアローズ女子バレーボール部時代にDV4を、スノーバレーボール活動時にVSを使用していたのでどちらの使用感も知っていますが、どちらもそれぞれの良さがあるという感じです。私はいかんせん大学時代に自己流でデータバレー2007の使用方法を学んだためDVシリーズの使用感が身に染みており、もしもデータバレー2007を手元にお持ちの場合はそれを使用することをおすすめします。アメリカで全米26位まで所属チームを引き上げたときもデータバレー2007&データビデオ2007を使っていました。

データバレー2007だけで映像分析をする貧乏アナリストの話

 私はDV4もVSも個人では持っておらず、データの仕事をするために古巣であるV1チームの関係者に頼み込んでデータバレー2007のプロテクションキーを拝借しています。データビデオ2007のプロテクションキーを返却すると現在使用しているDV4の年間ライセンス料がディスカウントされるということで私がお願いする前にデータビデオ2007は残っていなかったのでデータバレー2007のみをお借りしている状態です。そんな私がデータバレー2007だけを使ってデータ入力、統計シート等の出力、映像分析までをどのように行っているのかご興味のある方がいればご連絡いただければと思います。

 チームの事情にもよるかと思いますが、トップカテゴリーの場合はDV4を、それ以外のカテゴリーではVSを、というところでしょうか。私としては映像分析については工夫次第でどうにかできる部分もあるので、DV4の廉価版もありかなと思います。いずれにしても高い買い物になりますので迷っている場合にはぜひ私にご一報ください。

ソフトウェア起動時の初期画面、左下には快くプロテクションキーを貸してくれた古巣チームの名称が。

何を使うかではなく、どう使うか

 結局のところソフトの性能というのは一長一短であり、ここでは説明しきれないので今回は割愛させていただきますが、高校レベル以上では今後もっと積極的にアナリストを導入していってほしいと考えており、そのために私はオンラインサロン「バレーボール大学(仮)」の開設を目指しています。最近では春高バレーでも高校生がマネージャーを兼任しながらアナリストをするなど、少しずつアンダーエイジカテゴリーでもアナリストが広がってきているなと実感しています。アメリカではジュニア期からデータに触れるのが当たり前です。日本ではデータは大学などレベルが上がってからというイメージがあるかもしれませんが、それは戦術に特化した考え方です。相手が何をしてくるかを徹底的に調べ上げて、実際の試合の中で試合の一本目、中盤、終盤でセッターがどこにトスを上げるのか。こうしたことを分析するのは実はアナリストの一部の側面でしかありません。アナリストの真価は戦略面での貢献にあると私は考えています。自分たちの強みはどこか、弱みはどこか、そのために必要な技術的要素は何か、こうしたことを分析し、解析して、日々の練習に落とし込むことができればアナリストとしてだけでなく人間としてあるいは社会人としても生かすことのできるスキルを身に着けたといえるでしょう。

手札を切るのが戦術、手札を集めるのが戦略

 トランプや対戦型トレーディングカードなどのカードゲームでカードが配られてからどうするかを考えるのが戦術です。実際に戦う場面になって自分がどのような手札、どのような戦力を手元に持っているのかをもとにする意思決定ともいえます。この段になって、「ああ、あのカードが手札やデッキにあればなあ」という後悔にも似た焦燥はカードゲームの場面ではよくあります。これはバレーボールの試合の中でも見られますが、戦術と戦略を区別できていないと、できもしないことをしようとして空回りしてしまうことになります。例えば相手のクイック攻撃が強力かつ好調で、コミットブロックでプレッシャーをかけたい場面が仮にあったとします。しかしながら自チームのミドルブロッカーの選手はコミットブロックの練習をしたことがなく、いざコミットブロックをしようとしてもタイミングや仕掛け方などが何もわからない状態。というように極端な例ですが、自分たちの手札にないカード切ろうとしてしまうことがバレーボールあるいはスポーツの試合では起こりがちです。練習でできないことは試合で急にできるようにはならないのです。

 自分たちが戦う、想定すべき対戦相手の戦力を知っているだけではそのために必要な戦術は導き出せません。どのような戦術(手札)が必要になるかあらかじめ把握し、その戦術を実行するために必要な技術チーム内での共通認識を構築しておく必要があります。その時にあまり必要のないことに時間をかけないことは特に時間の限られた学生スポーツでは重要になります。戦略とは、自分たちが日頃から何をすべきか、何をすべきでないのかをはっきりさせることだといえます。数十枚一組のデッキを組んで対戦するカードゲームを遊ぶのに、現在どのようなカードが手元にあって、どのようなカードが追加で必要なのか、追加のカードを買うのにいくら資金があるのか(どこにその資金を費やすのか)、最終的に手元にあるカードでどのようなデッキを組むのかを考えるような感覚ですね。もともと強力なカードを持っているのであればそれだけで強いデッキを構築できるでしょう。使える資金がいくらでもあるのなら何も考えずに新たなカードを購入できるでしょう。実際にはそうでないことの方が多いからこそ工夫するわけですが、スポーツにおいては必要なことに時間を割くというのは意外と難しいのです。

アナリストの役割:印象よりも事実に基づいて戦略を立案すること

 例えば負けた試合の後、強烈に印象に残った相手のプレーや自チームの選手のミスなどが気になり、そのプレーの改善のために時間を割くというのはよくあることかと思います。しかしながらデータ分析の結果、得失点の内訳を見たときにその強烈に印象に残った相手のプレーは相手が取った75点(高校以上のカテゴリーで0-3で負けた試合の場合)のうち2,3点だったということがよくあります。自チームの選手のミスについても同様です。このように文章にするとそんな2、3点のプレーを改善するために時間割くことはないだろうと思われがちですが、高校や大学、それよりも下のアンダーエイジカテゴリーでは試合中や試合が終わった後に自分たちのスコアがどうだったか把握できているチームはどれだけあるでしょうか?指導者や発言力のある一部の選手の印象によって何をするか、戦略が決定されていることはないでしょうか?

 こうした本当にやるべきことと実際にやっていることのミスマッチを防ぐためには事実に基づいて戦略を立てることが一番です。日本のバレーボール界でよく耳にするのが「日本人は拾って繋いで粘って勝つんだ」という根性論と結びついたディフェンス重視の戦略論です。しかしながらバレーボールの多くの試合結果から勝利チームの得点の内訳を見ると、アタックによる得点が6割~7割程度です。数字の根拠などはおいおい提示していくとしてここでは端的に話を進めていきます。セットを勝利したチームは15点から18点をアタックによって得点しており、なおかつアタック決定率(アタック決定本数÷アタック総打数)は相手よりも高いことがほとんどです。「拾って繋いで粘って勝つ」ためには基本的に相手のアタックミスや自チームのブロック得点が必須ですが、ほとんどのセットで勝利チームの得点内訳のうち相手のアタックミスは3点前後、ブロック得点も1~3点ほどです。「拾って繋いで粘って勝つ」というのは文字通りの意味では達成することが限りなく困難であるということがわかります。相手のアタックミスをアタック得点の割合に当たる6割、すなわち15点もさせるのは自分たちが15点アタックで得点するよりもはるかに難しいからです。

勝利チームの得点内訳(例)

 上記は端的な例ですが、意外とこうした遠回りともいう努力をしがちな日本人というのをアメリカでコーチ研修をしている際により実感しました。私は決してバレーボールは攻撃力がモノをいうからアタックだけ練習すればいいということを言いたいわけではありません。ただし勝利チームの得点の内訳を見ても、ディフェンスを極めるよりもオフェンスを極めることの方が勝つための近道であるということは明らかです。アナリストの役割はこうした印象や感覚といったものと事実とのズレを修正する闘いでもあります。特にトップレベルで活躍する選手の多くは優れた感性を持っており、勝負どころの感覚が突出しています。だからこそのトッププレーヤーなのですが、時としてそうした一流選手の感性や感覚がチームの勝利とは違う方向へ働いてしまうということを理解しておく必要があります。アナリストはそれぞれの選手の感覚を理解するのに努め、チームのメンバーには事実に基づいて戦略を立てるという習慣を身に着けてもらうことに努めることも必要になるでしょう。

次回予告:実際のデータバレーの画面をみながら、何ができるのか

 次回は実際にデータバレー(2007になりますが)の操作画面を見ながら戦術と戦略の違いに注目しながら分析例などを見ていきたいと思います。今回の記事やアナリストのことが気になるという方、もしもオンラインサロンで定期的に勉強したいという意欲のある方はぜひあらかじめご連絡いただければ幸いです。

 本日もご閲覧ありがとうございました!

 今日も明日も明後日も笑顔がいいね!

 Thumbs Up Smile代表、塚田圭裕でした!

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