#005 アナリストの役割② -12チーム中最下位争いから決勝へ-

CINCINNATI, OH – APRIL 2: The 2021 American Athletic Conference Volleyball Championship at Fifth Third Arena in Cincinnati, OH on April 2, 2021. (Ryan Meyer/American Athletic Conference)

アメリカでのコーチ修行、2年目で大成果を上げた方法

 私はJOC海外指導者研修制度のもと、2019年の8月にアメリカ・フィラデルフィア(ペンシルベニア州)にあるテンプル大学アシスタントコーチとして赴任しました。アメリカのDivision 1(大学1部)は秋シーズンがメインシーズンであり、9月頃からカンファレンス戦(日本の地方大会レベル相当)が始まり、各カンファレンスの上位チームが12月のチャンピオンシップにコマを進めるというのがシーズンの流れです。ちなみにDivision 1には350校以上のチームがあり、さらにその下にはDivision 2とDivision 3があります。その中でテンプル大学は、全米ランキング100位前後を推移しているチームでした。またAmerican Athletic Conference(アメリカン・アスレチック・カンファレンス:以下AAC)では古豪でありながら、直近の2,3シーズンは最下位争いに甘んじていました。

 そんなテンプル大学がいかにして2021年シーズンにカンファレンス戦の決勝の舞台に立ったのか、全米ランキングで26位に入ったのかを実際のミーティングの資料を用いて振り返ってみましょう。

ミーティングの始まりはつかみのジョークと五事七計

 アメリカでブリーフィング(試合前のミーティング)を任されるようになったのは2年目からでしたが、ミーティングの始まりは必ず”I’m so nervous lol(私はとても緊張しています笑)”で始めます。実際、英語でのミーティングは緊張しますし、私が緊張しているとわかると選手が逆に私の緊張を和らげようとリアクションをしてくれるのでそれが恒例行事となっていました。五事七計とは孫氏の兵法の一節で、相手と自分の強みや弱みを比較する際に用いる項目のことです。

五事:道、天、地、将、法

七計:主、将、天地、法令、兵衆、士卒、賞罰

 ここではそれぞれの詳細は省きますが、私はこれをPS2(プレイステーション2)の決戦というゲームの中で、主人公(織田信長)が武田信玄率いる武田軍と戦うという章で、信玄公が武田軍の武将たちに向かって「主いずれが優れたる?」と問うと「武田!」と武将たちが答えるという一連の問答のシーンが非常に強く印象に残っています。必ずしも「武田!」ではなく「織田」と答える項目もあり、それぞれを客観的に比較しているのだとわかるやり取りでした。

 脱線してしまいましたが、ここからはブリーフィングの内容になります。

 今回は決勝の舞台をかけた準決勝、強豪ヒューストン大学とのブリーフィングの資料を使います。

 まず初めに整理するのは全米ランキングの自分たちと相手の比較です。RPIランキングはあくまで目安ですが、相手が格上なのか、互角なのか、格下なのかを把握するのに役立ちます。上の表ではチェリー色をテンプル大学、黄色をヒューストン大学、オレンジ色をテンプル大学がそのシーズン対戦した相手、赤色をヒューストン大学がそのシーズン対戦した相手をマーキングしています。ここで強調したいのはテンプル大学が対戦した名門チーム・セントジョンズ大学(当時27位)ヒューストン大学(26位)と僅差であるということでした。セントジョンズ大学はそれ以前のテンプル大学にとっては格上で、シーズン中も好調でしたがテンプル大学は3-0で勝利していました。ヒューストン大学もそれまでのテンプル大学にとって格上の相手であり、準決勝というプレッシャーのかかる試合ということで、自分たちがそれまでに勝利しているチームと同格であり、やるべきことをやれば勝てるレベルのチームであるということを伝えています。感情的に、主観的に、「絶対勝てる」と伝えるよりもこうした事実に基づいて勝利の大筋を立てることが重要であり、それがアナリストの役割の一つです。

直近の試合の結果を振り返る

 これは直近4試合のヒューストン大学の対戦結果を簡単に記載したものです。直前の対戦相手ベイラーは昨シーズンチャンピオンシップのベスト4に残った急成長チームです。そのチームにフルセットまでもつれ込んでいるということはあくまでヒューストン大学はこれまでのテンプル大学にとって格上である事実を突きつけます。しかしながら同時に直近3試合を連敗しており、カンファレンス戦の準決勝まで来たとはいえチーム状況が万全であるとは言えない可能性があることも示唆されます。こうした対戦相手のチーム状況や雰囲気など感情的な側面においても事実を積み重ねることで想像することができ、あくまで参考であったとしても相手を知るということは無駄になることはありません

 こちらの表がバレーボール版の七計ですね。上からトータルアタック、レセプションアタック、ラリーアタック、サーブ、レセプション(サーブレシーブ)、ブロック、ディグのちょうど7項目です笑

※Hit%:決定率 / Eff%:効果率 / Miss%:ミス率 / A+B%:返球率(サーブレシーブあるいはディグ成功率)/ D+Miss%:攻撃できなかったパス、被サービスエース / Point/ set:セット当たりのブロック得点数

※BASE LINEは基準値といって、前回でも触れたセット毎の勝ちチームの平均値を示しています。おおむね各項目でこの数字を超えることができれば相手に勝てる値ということになります。基準値を超える数字を青色に、大幅に下回る数字を赤色で示しています。

 中央の数字が並んでいる欄の左がヒューストン大学右がテンプル大学のデータです。本来は試合数をそろえたり、同じ対戦相手同士で比較する方が客観的な比較にはいいのですが、アメリカでは試合数が多くカンファレンス戦中であってもノンカンファレンス戦といって他のカンファレンスとの試合もあるため直近の4試合で比較するようにしていました。対戦相手によって数字が変わることがあるということを理解したうえで利用することが重要です。

 この表からは、テンプル大学は攻撃面の3項目でヒューストン大学を上回っており、注意すべき点はヒューストン大学のレセプション(サーブレシーブ)が良いという点です。自分たちのサーブの良さが上回るか、相手のレセプション(サーブレシーブ)の良さが上回るかが勝負どころであり、相手の強みと自分たちの強みがぶつかる点はかっこうの戦術介入ポイントです。またこれは選手には安易には伝える必要のないことになりますが、ヒューストン大学はレセプション(サーブレシーブ)が良いにも限らずレセプションアタック決定率(RA:31%)が高くないため、これは実は、攻撃力の低いチームの特徴を示しています。

次回は、

 次回は相手選手の個々のデータ相手選手の特徴に応じた戦術面の確認事項について見ていきましょう。

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